6月14日にチケット不正転売禁止法が施行された。昨年12月の法律制定・公布後に見られた消費者の疑問点に焦点を絞り、法案策定に関与した国会議員らの見解を踏まえたうえで、改めて規制の範囲などを示した。
【どのようなチケットが規制されるのか】
規制の対象となるチケットは、紙製だけでなくQRコードのようなデジタルチケットも含まれるが、次の要件をすべて満たすものに限られる。
(1) 日本国内で行われ、不特定・多数の者が見たり聴いたりする「興行」に関するもの
(2) それを提示することによって興行を行う場所に入場することができるもの
(3) 不特定・多数の者に販売されているもの
(4) 興行主やその委託を受けた販売業者が、販売時に(i)同意のない有償譲渡を禁止し、(ii)入場資格者か購入者の氏名・連絡先を確認したうえで、(i)(ii)が券面などに表示されているもの
(5) 興行の日時・場所のほか、入場資格者か座席が指定されているもの
(1)の「興行」とは、映画、演劇、演芸、音楽、舞踏などの「芸術・芸能」と、野球、サッカー、オリンピックなどの「スポーツ」を意味する。
列車の乗車券、アトラクションやパビリオンの整理券、限定販売のゲーム機やフィギュア、グッズ、本、DVDは対象外だ。サイン会や握手会、写真撮影会の参加チケットも、歌や演奏を披露するなど「芸術・芸能」に当たらなければ対象外となる。
また、興行そのもののチケットに限られるので、イベント会場内外の駐車場の駐車券や関係者用の通行証のように、興行に付随するものも対象外だ。
【チケットの現物以外だと…】
(2)の「入場することができる」とは、文字どおり受付に提示したらそのまま会場に入ることができるチケットの現物そのものを意味する。デジタルチケットも含む。
チケットを購入するための予約券、予約番号、当選メールなどは、まだ具体的なチケットが確定しておらず、代金支払いや交換などの手続をしないと権利も流れてしまうので、それだけだと入場できない。
したがって、それらはチケット不正転売禁止法による規制の対象外だ。そうなると、せっかくの法規制が無意味になる場面も出てくるだろう。
それでも、転売はチケット販売規約に反する。転売そのものではなく、その一歩手前、すなわちダフ屋が転売目的を隠し、嘘をついて興行主側から予約券やチケット購入権などをだまし取ったという部分をとらえ、刑法の詐欺罪で検挙することが可能だ。
転売者から購入した者も、入場時に本人確認を受け、入場を拒否される可能性が残るわけだし、今後は興行主側もそうした本人確認措置を強化するはずだ。消費者の「買い控え」も期待できる。
また、この法律は、あくまで最優先で対応を急ぐ必要があった現物の転売にターゲットを絞ったものだ。まずは現物の取締りを強化したうえで、予約券や予約番号などの転売が「抜け道」として横行する事態になれば、法改正によって規制の網をそこまで広げることになるだろう。
【招待券やフェスのチケットは?】
(3)の「販売されている」とは、チケットそのものが興行主側から売り出されている場合を意味している。映画の試写会やイベントの招待券など、「転売・譲渡禁止」と記載されたチケットは多いが、無料配布のものであれば、規制の対象外だ。
CDの購入特典として付いてくる特別コンサートの招待券も、それ自体には価格が付されていないわけだから、対象外になる。
また、(5)の「座席が指定されている」とは、個別の指定席券を意味している。
問題は、広い会場内で観客が前後左右に移動できる野外フェスとか、ゾーン指定はあってもエリア内であれば自由に動けるライブのチケットだ。チケットの販売時ではなく、会場での受付時に具体的な座席指定が行われるライブもある。
前者については、チケットを持っていさえすれば誰でも入場でき、移動も自由なのであれば、指定席券とはいえない。後者も、実態として単なる入場引換券にすぎないような場合には、指定席券とはいえない。
ただし、購入者としてあらかじめ氏名・連絡先を登録した者しか入場資格がないといった場合には、たとえ自由席だったり、当日の座席指定だったりしていても、規制の対象になる。
【何が犯罪に当たるのか】
この法律で規制されているのは、次の2つの行為だ。
「不正転売」
業として、興行主やその委託を受けた販売業者の事前の同意を得ないで、販売価格を超える金額で有償譲渡すること
「不正仕入」
不正転売の目的で、譲り受けること
違反者に対する刑罰は、1年以下の懲役か100万円以下の罰金であり、両者を併せて科されることもあり得る。
ラグビーワールドカップ2019日本大会のチケットなど、法律施行日の6月14日よりも前に販売され、すでに流通しているチケットでも、施行後に不正転売などに及べば処罰される。
【「業として」か否かが最も重要】
「業として」とは、「反復継続の意思をもって」という意味だ。この「業として」という要件が、犯罪成否を考えるうえで最も重要なポイントになる。
消費者が気になるのは、「業として」に当たるかどうかをどうやって判断するのかとか、何回くらいの転売をやったらアウトなのか、という点だろう。
あくまでケースバイケースであり、チケットの入手枚数や転売枚数、転売価格、転売に及んだ回数や頻度などを総合的に考慮して判断される。その際、この法律と同様に「業として」という要件を加えているほかの法律の裁判例が参考にされるはずだ。
例えば、約2か月のうちに2回ほど無許可で医薬品の製造をしただけでも「業として」に当たるとされ、薬事法違反で有罪になった事件や、同様に約1年1か月のうちに4回ほど投資資金を預かっただけでも「業として」に当たるとされ、出資法違反で有罪になった事件もある。
すなわち、必ずしも短期間に数十回、数百回と反復継続している必要はないという点に注意しておく必要がある。長いスパンでわずか数回の転売を行っただけでも、「業として」と評価されることもあり得るわけだ。
それこそ、別々の名義を使いつつ、実質的に同一人物が同時に何十枚も購入して仕入れ、当選直後に転売しているとか、ファンでもないさまざまなアーチストのチケット転売を幅広く手がけているとか、利益分を上乗せして転売しているといった場合がその典型だ。
【「今回はたまたま」も要注意】
これにより、あるアーチストの熱烈なファンが、良い席を確保するためとか、自らのチケット代やグッズ購入費などをねん出するために、複数の名義を使い、必要な枚数をこえて大量にチケットを購入したうえで、最良の席以外のチケットを高額で転売するといった「よくあるケース」は、アウトになった。
逆にいえば、「本当は自分で行こうと思っていたものの、急な予定が入って行けなくなったから転売した」といった、「今回はたまたま」というケースだと「業として」には当たらないと評価されるから、転売しても問題ない。
ただし、警察からすると、実際に捜査をしてみなければそれが本当かどうか分からない。「今回はたまたま」といいつつ、過去に同様の行為を繰り返しているかもしれないからだ。
ネット上でチケットの高額出品をしているだけで、間違いなく警察の捜査対象になるはずだ。取調べを受けたり、パソコンやスマホの提供を求められたり、通信履歴を調べられたりするかもしれない。
それが嫌なのであれば、急用で使えそうにないチケットを転売する場合であっても、利益を上乗せしない価格にとどめておく必要がある。公式リセールサイトを利用するのが賢明だろう。興行主側も、業界を挙げてそうしたリセールサイトを開設し、安い手数料で運営することが求められる。
【「定価<転売価格」であればアウト】
もう一つ重要なポイントは、興行主側が設定した販売価格、すなわち定価を1円でも超える金額で転売していれば、規制の対象になるという点だ。事務手数料や譲渡代など上乗せ分の名目は問わない。利益を上げている必要すらない。
興行主の委託を受けた正規の販売業者から定価で仕入れ、利益を上乗せして転売するというのがその典型だが、転売業者から定価以上で仕入れ、利益を上乗せしてさらに高額で転売するのもアウトだ。
定価5千円のチケットを8千円で仕入れたものの、なかなか買い手がつかなかったことから6千円に値下げして転売するなど、利益が出ない「損切り」でも、定価を超えていさえすれば規制の対象となる。
また、定価5千円のチケットと定価500円のタオルをセットにし、チケット5千円、タオル5千円の合計1万円で販売するといった「抱き合わせ商法」もアウトだ。
定価5千円のチケットと買い主にとって価値がない売り主の描いた絵をセットにし、1万円で販売するとか、定価5千円のチケットに3千円の値付けをし、手数料7千円を加えて1万円で販売するといった場合も同様だ。
いずれも、実質的には5千円のチケットを高額で売って利益を得たいがための偽装にすぎず、転売価格は1万円と評価されるからだ。
【実費の上乗せは…】
ここで消費者が気になるのは、定価には興行主側に支払うシステム利用料や発券手数料、送料といった実費を含むのかとか、同じく逆に転売価格にも送料や封筒代、オークションサイトや転売サイトの利用手数料といった実費を含むのか、という点だろう。
まず定価についてだが、システム利用料や発券手数料、送料などはあくまでチケット代とは別のものであり、販売業者のホームページなどでもチケット代と区別して明示されている。チケットの券面にもチケット代しか記載されていないのが通常だ。その意味で、含まれないと考えるのが素直な解釈だ。
ただ、法律が刑罰によって規制することを想定している不正転売は、プラスアルファ部分が実費分をも超過するほど高額で、チケット価格の釣り上げにつながるようなケースに限られるはずだ。興行主側に支払った実費とまったく同額分を上乗せしても、商売にならない。
そうすると、先ほどの「業として」に当たるか否かを検討する際、考慮される重要な事情の一つになるのではないか。
すなわち、実費の具体的な内訳を明示し、それと同額分を加えたのみで、それ以上の利益分を上乗せしておらず、たまたま使う予定がなくなったチケットを今回だけ譲ったということであれば、「業として」には当たらないと評価されるだろう。
【転売時も送料などは実費のみを明示】
一方、転売価格については、法案策定に関与した国会議員らの見解を踏まえると、次のようになる。
(a) 送料などを転売価格と区別して明示していれば、転売価格に含まれないと評価される
(b) ただし、その金額は通常の送料などを超えてはならず、もし超過していたら、超過分だけでなく、表示された金額全体が転売価格に含まれると評価される
(c) 送料などを転売価格と区別して明示していなければ、どこまでが実費か特定できないので、全体が転売価格と評価される
要するに、定価が5千円のチケットについて、「チケット代5千円、切手代82円、封筒代10円の合計5092円でお譲りします」と表記していれば、転売価格は定価と同じ5千円と評価されるので、セーフだ。
逆に、「チケット代5千円、切手代3千円、封筒代2千円の合計1万円でお譲りします」とか「チケット代1万円(郵送料込み)でお譲りします」といった表記だと、転売価格は定価を超える1万円と評価されるので、アウトだ。
同様に、転売者の会場への交通費が1000円にすぎないのに、「チケットは定価でお譲りしますが、会場で引き渡すため、こちらの交通費として1万円をお支払いください」といったやり方もアウトだ。
もし転売者がそのライブを観覧するのであれば、交通費1000円分を上乗せすることすらも許されない。自己負担すべきであり、転売価格に上乗せして転売者に支払わせる性質のものではないからだ。